会計でおつりを計算して小銭を出すのが好き

私はレジで会計をする際、おつりを計算して小銭を出すのが好きだ。

たとえば198円だったら203円出すというふうに。

 

この記事では最初から最後まで「おつり計算して支払うのって良いよね」ということだけを書いていく。すこしでも共感していただけるとむっちゃ嬉しい

 

 

小銭を嫌う理由は財布が傷むから

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私が小銭をあまり持ちたくない理由はシンプルだ。硬貨が多いと財布が傷むから

5円やら10円やらでパンパンに膨れあがった状態は財布によくない。負荷がかかりすぎている。

 

だから私は財布の平和を守るため、小銭をいかに少なく持つか、に全力である。

 

こんな人とは仲良くなれない

財布の中身がいずれかに該当する人とは、仲良くなれないと思っている。

  • 1円玉が5枚ある
  • 5円玉が2枚ある
  • 10円玉が5枚ある
  • 50円玉が2枚ある
  • 100円玉が5枚ある
  • 500円玉が2枚ある
  • 1万円札が100枚ある

 

最後だけちょっとちがった感情が混ざってしまったけれど、硬貨に関してはすべて一貫している。失敗している、ということだ。

 

たとえば財布に1円玉が5枚入っている人は、どこかで上手く出せば5円玉1枚に替えることができていたはずである。

198円の会計時に203円や503円、あるいは1003円を支払っていれば、おつりに5円玉が含まれる。

これに気づかなかった、もしくは怠ったからこそ手元に1円玉が5枚あるわけである。出せるときに出さないと!と言いたくなってしまう。

(もともと持っていた1円玉3枚におつりの1円玉2枚が加わって計5枚になる)

 

おそらくこのタイプは、トランプゲームの大富豪(または大貧民)が弱いにちがいない。

 

私はこうした小銭ジャラジャラピープルとは仲良くなれないと思っている。

が、こんな偏見まみれの私とは誰も仲良くなろうとしてくれない

バチというのはちゃんと当たるのである。

 

657円って最高!

釣銭計算マニアにとって心踊る会計金額というのがある。

たとえば657円などは処理しがいのある数字だ。それでもし財布のなかにぴったり1212円が入っていたら、私はレジで小躍りを始めてしまうだろう。

 

会計金額はなるべく中途半端であってほしい。攻略しがいがあるってもんだ。

反対に、ぴったり500円だとツマラナイ。腕の見せどころがないからだ。

ピアノレッスンに通っているのに発表会がない。そんな虚しさを感じてしまう。

 

店員が困ったら勝ち

小銭をあまり持ちたくない、という動機で始めたはずなのに、だんだん別の目的も持ってしまっていることに気がついた。

店員との勝負に勝ちたい、というのがそれである。

 

店員に「え?」という顔をさせたら私の勝ち。

「あの、この212円は必要ないのでは……?」

とまで言わせたら大勝利。

(まぁまぁ。とにかくレジに打ちこんでみなよ。そしたら分かるからさ)ってな具合だ。

 

一方で、店員が無反応だったら私の負け。

ただ、無反応の店員にも2パターン存在している。私の意図を理解している店員と、なにも考えていない店員。前者なら負けを認めるけれど、後者は引き分けだ。いや、むしろ不戦勝だと思っている。

 

店員の不意打ち

そうは言っても、いつでもぴったりの小銭を出せるわけではない。手持ちの小銭がないために、まったく端数を処理できないときだってある。

 

あるとき私は店員に、「3円ありませんか?5円でもいいですけど」と言われたことがある。大学生風の若い男性店員だった。

「俺がイリュージョンを見せてやるよ」とでも言わんばかりの表情だった。たぶんそうやって客に小銭を出させ、スッキリしたおつりを返すことで「わーすごーい!えーなんでー?」の反応を狙っているのだろう。小慣れた言い方からするに、あれは常習犯だ。

 

が、私を見くびってもらっちゃ困る。その道のプロだ。1円玉を5枚持ったことなど生涯で一度もない。いわば端数処理のエキスパートなのだ。ふふ、相手を見誤ったな。私は女子大生のように甘くはないぞ。

ここで「ありませんけど……?(え、なんでそんなこと訊くの?)」なんて反応をしたら彼の思う壺である。

そのうち分かるときが来るさベイベー、的な表情をされるに決まってる。

 

だから私は、君の言わんとしていることはよーくわかっているよでもね、という顔で「ありません」と答えた(たぶんすごく憎たらしい顔だったと思う)。

 

勝った。

 

まさか店員から仕掛けられるとは思わなかったけれど、なんとか勝利できた。

強敵を倒した後で飲んだ野菜ジュースの味を、忘れることはないだろう。

 

キャッシュレスそして無人店舗

私の能力はもうすぐ無意味になる。キャッシュレス決済の普及に伴い、現金をやり取りする場面が減るからだ。やがて消滅するだろう。

 

それに店舗の無人化も進んでいる。無人化なんてあんまりだ。生身の人間じゃないと勝負にならないんだ。電卓マシーンになんて勝てっこないんだから。

ましてや、「え?この12円ってどういう意味?」などとロボットに訊かれた日には、こちらが困惑してしまう。しっかりしてくれよ、と。

 

さぁ困った。

ここまで磨き上げた端数処理の能力をどうしたらいいんだろう。

私はふと、蒸気機関車に石炭をブチ込むのが超速かったおじさんを思い浮かべた。「誰それ?」と思うだろう。私も知らない。

でも、たぶんいた。産業革命の時代に大活躍してた

 

ただ残念なことに、彼の能力は現代ではまったく役に立たない。どんなに凄いスキルでも、時代が変われば無価値になってしまう、ということが言いたい。

 

 

……どうすりゃいいんだ、この端数処理能力。

私は自分の限界に挑みたいんだ。もっともっとやれるはず。もっと驚くような小銭の出し方を見つけられるはず。

……なんだけどなぁ。

 

※この記事はもともと、「キャッシュレス社会というテーマで寄稿してください」という依頼がきたときのために書いたものである。が、ぜんぜん依頼が来ないので公開する。

わかったのは、「備えあれば憂いなし」ということわざ。あれが嘘だってことくらいだ。安易な備えは憂いをまねく。気をつけたい。