これは、妻の代わりにナイトブラを購入した男の物語である。
「代わりにナイトブラ注文してくれない?」という依頼を安易に引き受けたところ、私のメールボックスには、コンスタントに的外れなメールが届くようになってしまった。
まず「商品は無事お手元に届きましたか?」というメールが来た。これはべつにいい。
それから3日後に「ナイトブラの正しい着用方法」を解説したメールが来た。これは……。
私は「ナイトブラの正しい着用方法」を熟読し、妻に伝えることにした。
せっかく買ったなら正しく着けてほしいと思ったからだ。
「ナイトブラを着用するときは、上からじゃなくて下から穿くようにして持ち上げるのがポイントなんだって」
妻は明らかに戸惑った様子で「……あ、あそう」とだけ返事をした。
朝起きて、開口一番にこれはマズかったか。
タイミングを逸したことへの後悔と、ナイトブラに関する豊富な知識が、頭のなかをグルグル回った。
それからもナイトブラ関連のメールはドシドシ届いた。容赦ってものがない。
「さすがにこれ以上ナイトブラの情報などないのでは?」という私の期待と不安を裏切り、ナイトブラインフォメーションは送られてくる。天井知らずなのかよ。
着け方のつぎは、ナイトブラでケアをしない人の末路についてだった。
「伸縮性に驚いたことでしょう!」の暴投(だって私は男だから)もとい冒頭から始まり、バストケアをしない人が迎えるであろう悲惨な未来が、リアルが、書き記してあった。
正直、男性の私でさえちょっと欲しくなってしまう内容である。
「ナイトブラがないと不安!だって取り返しのつかないことになるって書いてあるよ!」そう焦る自分に唖然とした。
取り返しのつかないことになっているのは……私だったりして。
クーパー靭帯が伸びるとマズいとか、乳房内脂肪細胞は流動性が高いだとか、ナイトブラを買うべき理由について、25歳の男はどんどん詳しくなっていった。
当時の私は「買わない理由がどこにもないじゃん」とまで思うようになっていた。
この思考は、主語が「妻は」ではなく「私も」であることろに、最大にして最恐の問題があるのだが。
それからもナイトブラに関するメールは届いた。もはや待ちわびていたといっていい。じつにクレイジーだ。
「ナイトブラをお使いいただいてますか?」の(毎回聞かれる)問いかけに笑顔で「No!」と答えるのが定番のやりとりである(答えがNoであることに安堵してほしい)。
ナイトブラは洗濯機で洗えるのか、ナイトブラは日中使っても問題ないのか、ナイトブラを長持ちさせるためにどうすればいいのか、ナイトブラはいつ買い換えればいいのか、ナイトブラは……。
私はそのすべてを知っている。
一番人気がブラックであることも知っている。
とりわけ20〜30代の女性に愛用者が多いことも知っている。
昼間用のブラが寝るときに不向きなのも知っている。正しい干し方だってマスターしている。
歩くナイトブラ辞典である。
「なんでも聞いてくれ」ってなもんだ。
ナイトブラにやたら詳しい夫と、情報量は少ないが実際に使っている妻。
奇妙な関係性のふたりが、ひとつ屋根の下。
まるで映画の設定みたいじゃないか。観たくはないが。
購入から1ヶ月経ってもメールは届いた。
手を替え品を替え、ナイトブラに関するメールが届く。
ここから私は2つの真理を見出した。
- 寝ている間のバストの動きがさまざまな問題を引き起こすこと。
- 代理購入した夫へのメールもまた、さまざまな問題を引き起こすこと。
だが安心してほしい。私はまだ買っていない。
まずは昼間用のブラから買うのがセオリーだと思うから。