かつてフジファブリックのボーカルを務めていた故・志村正彦が書いた本を買いました。
タイトルは『東京、音楽、ロックンロール』です。でも読めません。
この記事では「フジファブリック志村正彦が書いた本を読めない理由」を書いていきます。
共感してもらえると嬉しいです。
志村正彦の本が読めない
志村正彦の書いた本を買いました。
『東京、音楽、ロックンロール』です。
彼が本を出していたことを知らず、偶然にもアマゾンで発見し、購入にいたりました。
ただ、どうしても読み進めることができずに困っています。
すべてのページを糊でベッタリ貼られているわけでも、本を屋根の上に乗せられてしまったわけでも、かけていたメガネが木っ端微塵になったわけでもありません。
志村正彦はもうこの世を去ってしまっているため、彼の言葉は有限です。
そんな有限の言葉を消費してしまうのがもったいなくて、どうしてもページを開けないんですよね。
この気持ちお分かりいただけますか?
え、ぜんぜんわからない?
もったいない
ものすごく面白い小説は、読み進めるのが惜しくなりませんか?
「この世界が終わって欲しくないなぁ」なんて。
読んだぶんだけ終わりに近づいてしまうので、わざとゆっくり読んだり、間隔をあけて読んだりして、なるべく物語の世界に浸っていられるように抵抗したくなりますよね。
そんな"ものすごく面白い小説"がまさに『東京、音楽、ロックンロール』です。
本当は徹夜をして一気に読みたい気分をグッと抑えて、なんとか読まないように我慢しています。
読みたいけど読みたくない。読みたくないけど読みたい。
机に置いた本を前にして、そんな気分で過ごしています。
一生読まないかもしれない
ひょっとすると私は、 『東京、音楽、ロックンロール』を一生読まないかもしれません。
そうすればずっと「読むの楽しみだなぁ」という幸せな気分でいられます。
ソファにコーヒーをこぼしてしまっても、肋骨が折れても、家のカギをなくしても、あばらの骨が折れても、パソコンが起動しなくなっても『東京、音楽、ロックンロール』があるしなって。
たとえ鎖骨が折れても、仙骨が折れても、脛骨が折れても。
いつでも精神的な支えになってくれるような気がするんですよね。
最後まで読んでしまったらそうはいきません。
未読だからこそ、ワクワクした気分でいられるのです。
順番が前後しますが
いまさらですが、私はフジファブリックのファンです。
志村正彦が作詞作曲を手がけていたころまでのファンで、彼が不在となった現在のフジファブリックには微塵も興味がありません。
「エイプリル」や「記念写真」など数々の名曲を生み出した天才が、どんなことを考えて日々過ごしていたのか、それを知りたくて本書を買いました。
ちなみに、 『東京、音楽、ロックンロール』は志村正彦の日記集です。
まとめ
ただ「もったいなくて読めない」というだけの内容を、こんなにも長々と書いてしまいました。
まるで小学生が「大好きなエビフライは最後にとっておく!」と宣言しているも同然で、なんというか、好きにせいという話ですよね。
わざわざブログに書くようなことではなかったと思いますし、ここまで読んでいる読者がいるとすれば、そんなあなたには「どうして読んでくれたんだ!」と訊きたいくらいです。
たいへんありがたいことですが。
そういえば、最後まで残しておいたエビフライを「そんなにエビフライが嫌いなら食べてあげよう」とおじいちゃんに平らげられてしまった少年時代の記憶を、ふと思い出しました。
楽しみをとっておくとロクなことがないと悟ったのは、このときです。
であれば本書についても、自らのポリシーに従って判断すべきなのかもしれません。
というわけで読みます。おわり。