中村文則の傑作といわれる小説『掏摸』(スリ)を読んだ感想をご紹介します。
なお、ネタバレはいっさいありませんのでご安心ください。
中村文則『掏摸』の感想
まずは『掏摸』の簡単なあらすじから。
主人公は天才的なスリです。つまり悪いヤツです。
電車のなかや街中など、いたるところで他人の財布を抜き取り、奪った金で生活しています。
ところが、ある組織の仕事に関与してしまったことがきっかけで、彼は組織によって利用されるようになり……。
というのが大まかなあらすじです。
中村文則の書く小説は暗くて救いようのないものが多いのですが、『掏摸』はそこまでダークではありません。
ラストシーンが最高
『掏摸』の終わり方を個人的にかなり気に入っています。
ネタバレを避けるために具体的な内容は伏せますが、とにかく最高です。
スリとして、悪人として生きてきた男の物語はどのようにして幕を閉じるのか。
ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか、あるいは……。
結末はぜひ『掏摸』を読んで確かめてみてください。
スリである主人公に中村文則が与えたラストがそこにあります。
読んだことのある方は、あの終わり方をどう感じましたか?(コインのシーンです)
個人的には「ブラボー!」と叫びたい気分でしたが。
子供との関わり
『掏摸』のなかにはスーパーで万引きをする親子が登場します。
母親の指示で、子供が食料品などを次々と紙袋に詰めていくんですね。
その様子を見ていた万引きGメンが親子をマークしていることに、天才的なスリである主人公は気付きます。
で、「バレてる」と親子に忠告する。
こうして親子と接点を持ったことがきっかけで、主人公はその親子と関わることになります。
この万引き親子が登場しなければ、主人公はただの冷徹な犯罪者に過ぎなかったことでしょう。
しかし、親子と関わるなかで、主人公の"心"を読者は感じられるようになります。
そのためか、スリ(社会的には悪)である主人公にたいしても感情移入しやすい印象を受けました。
中村文則のテーマは善悪
小説家・中村文則は「善悪」という一貫したテーマで作品を書き続けています。
『掏摸』も例外ではありません。
犯罪行為であるスリをして生きる主人公は、さらに巨大な悪に飲みこまれてしまいます。
より強大な悪の前では、主人公のことを「悪」だと思えなくなりますし、万引き親子と関わっているときの主人公は、もはや「善」であるとさえいえます。
善悪はそれほど単純なものではなく、絶対的なものでもない。
『掏摸』はそんなことを考えるきっかけになる小説です。
まとめ
これから電子マネーが普及していけば、スマートフォン1つで支払いを済ませられるようになり、人々はお金を持ち歩かなくなるでしょう。
現金が必要なくなれば、財布も不要になります。
すると必然的に「他人の財布を掏る」行為もなくなるわけです。
現代人が「テレビのチャンネルを回す」と聞いてもピンとこないように、「掏摸」もまた、過去のものになります。
そう考えると小説『掏摸』を本当の意味で楽しめる世代は我々までかもしれません。
あと数十年もしたら、『掏摸』に「かつて人々は紙幣や硬貨など現金と呼ばれる決済手段を用いており、現金を持ち歩くために財布という容れ物を使用していた」などという注記がついていたりして……。
楽しめるのはいまのうち、かも。
以上、中村文則『掏摸』を読んだ感想でした。