誕生日をなぜ祝う?誕生日には祝う理由も必要性もなかった

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誕生日は祝うべきものだ、と多くの人がなんの疑いもなく信じています。

 

ですが、われわれの誕生日というのは、それほどめでたい日なのでしょうか。

友人や恋人の誕生日を、私たちが祝う必要はあるのでしょうか。

 

この記事では、

  • 誕生日はなにもめでたくない
  • 誕生日に祝うべき人物がいるとしたら

など、「祝う理由も必要性もない誕生日をなぜ祝うのか」について書きました。

ぜひ参考にしてみてください。

 

 

誕生日には祝う理由も必要性もない

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たとえば、6月2日にオギャーと生まれた男児がいるとします。 

この男児の誕生日は6月2日です。 

 

1年が経ち、翌年の6月2日を迎えました。

生まれて1年が経ったからといって、いったいなにがめでたいというのでしょう。

 

あるのはただ、この男児が生まれてから、地球が365回自転し、くわえて太陽の周りをグルッと1周公転したという事実だけです。

 

無事に生まれてきた当日(誕生した日)が素晴らしいのはともかく、2年後も、5年後も、まして50年後もおなじ6月2日を誕生日として祝いつづけるのは、不可思議です。 

 

祝うべきは他にある

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6月2日生まれの人が、6月2日を迎えただけで周囲から祝ってもらえる意味は、わかりません。

 

「よく頑張って生きたね」という意味合いなら、彼は毎日頑張って生きているでしょうから、彼に毎日ご褒美をあげるべきです。

 

オートマチックに毎年訪れる誕生日よりも、

  • テストで100点をとった
  • 迷っている人を道案内した
  • 川で溺れている犬を助けた
  • 胃腸炎が治った
  • 交通事故に遭ったが死ななかった

といった出来事のほうが、よほど祝うに値するのではないでしょうか。

ケーキを用意し、クラッカーを鳴らし、「おめでとう」や「素晴らしい」ってなもんです。 

 

たとえばここに、本日40歳の誕生日を迎えた男性がいるとします。

いえるのは、彼が生まれてから地球は太陽の周りを40回公転した、ということだけです。

 

40歳の彼に関しては、めでたくも、なんともありません。

40年前の今日は、新しい命が誕生したわけで、それはもうめでたかったことでしょう。

 

ただ、誕生した喜びの余韻が長過ぎます

まるで、いつまでも高校時代の不良自慢をしつづける50代のおっさんのようです。 

 

誕生した喜びや感動は、40年も持続しません。

 

 

祝うべき人物がいるならそれは母親

もし誕生日に祝うべき人物がいるとするなら、生まれてきた本人ではなく、産んでくれた母親ではないでしょうか。

出産というのは、母親が命を落とすリスクのある行為です。 

 

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大変な思いをして産んでくれた母親にたいし、子が毎年感謝の気持ちを伝えるのが、本来あるべき誕生日の形なのかもしれません。

 

少なくとも6月2日生まれの男子高校生が、誕生日に彼女から香水をもらうのは、意味不明です。

なぜなら6月2日生まれの男子高校生を、6月2日に祝う必要性が、どこにもないからです。

 

むしろ誕生日は祝わないほうが良い

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誰でも子どものうちは、誕生日が待ち遠しくて仕方ありません。

なぜなら、誕生日になると親や親戚からプレゼントを買ってもらえるからです。

 

ところが年を重ねるにつれ、誕生日の喜びは薄れていきます。

誕生日を迎えるたびに老化や死といったマイナスイメージが色濃くなるから、すなわち生命としてのパワーが下がっていくからです。

 

30歳過ぎの大人はたいてい、誕生日を喜んでいません。 

むしろ「また誕生日を迎えて年をとっちゃったよ」と本人は落ちこんでいることさえあります。

 

そこへ「誕生日おめでとう」などといって周囲からお菓子を渡されたり、花束を渡されたり、アクセサリーを渡されたりしたらどうでしょう。

 

誕生日を迎えた本人のテンションと、周囲のテンションが、まったく釣り合っていません

大きくズレています。

 

飼っていたペットが死んで悲しがっている人をそうっとしておくのとおなじように、誕生日を迎えた中高年も、そうっとしておくのが無難です。

温度差を考慮せずハイテンションで祝うなど、言語道断です。

 

まとめ

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祝う理由も必要性もない誕生日についてお伝えしてきました。

 

Aさんの誕生日を毎年祝うのは、Aさんが高校受験に合格した日を毎年祝うようなものです。 

つまり、くどい、ということです。

 

もし誕生日に祝うとしたら、本人ではなく、産んでくれた母親ではないでしょうか。

大変な思いをして出産してくれた親に、子が感謝を伝える日、それが誕生日のあるべき形です。

 

28年前の今日はどうもありがとうございました、ってなもんです。

 

そうした意味で現在の「誕生日」は、祝う対象を間違えています。

親ではなく、子が祝われてしまっているからです。

 

まるで好きな女子ではなく、誤って好きな女子のお母さんに告白しているようなものですが、大多数の人がこの重大なミスに気づいていません。 

 

本記事を読んで真実を知ったあなただけは、今後、友達や恋人、家族の誕生日をすべてスルーし、自らの誕生日に「母さんありがとう」と感謝の気持ちを母親へ伝えましょう。

 

以上、祝う理由も必要性もない誕生日をなぜ祝うのか、でした。

結論。誕生日に祝うべきは母親。もし彼女の誕生日を祝うなら、彼女ではなく、彼女を産んでくれた彼女のお母さんにケーキをプレゼントすべし。

 

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「誕生日は祝うもの」などという意味不明な常識にとらわれる必要はありません。

文豪たちのぶっ飛んでる人生を参考に、あなたはあなたらしく生きましょう。