哲学者のエッセイ『哲学な日々』を読んだ感想

哲学者ならではの視点を覗いてみたくて、哲学者によるエッセイを読んでみました。

 

この記事では野矢茂樹著『哲学な日々』の感想を書いていきます。

ぜひ参考にしてみてください。

 

 

『哲学な日々』の感想

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本書は哲学者・野矢茂樹氏によるエッセイです。

 

扱っているテーマは、日常のこと、言葉のこと、論理のこと、考えること、教育のこと、それから哲学のことなど、多岐に渡ります。

どれもが平易な文章で述べられており、哲学者が書いたからといって「難しい」と感じることはありませんでした。

 

哲学の専門用語(非本来性など)はいっさい出てきません。

 

スピードと効率重視で失うもの 

野矢氏曰く「スピードと効率だけを考えて行動していると視野が狭くなる」とのこと。

 

これは車の運転に似ていますね。

速度を上げると進行方向にいっそう注意を払わなければならず、景色を楽しむ余裕がなくなる。

 

ではゆっくり運転すればいいかというと、今度は目的地に着くのが遅くなってしまう。難しいところです。

 

私はこうしてブログを書いていて、スピードを意識しているときほど例え話を書いていないことに気づきました。

たぶん、ほかの物事と結び付けている余裕がないので。 

これも「視野が狭くなっている」一例だといえそうです。

 

考えるために情報を遮断すべし

それから著者は、考えることについて「考えるためには情報を遮断する必要がある」と述べていました。

 

これ、実現できる現代人っているんでしょうか?

スマホやテレビによって常に情報を与えられつづけていますよね。

情報のせいで頭のなかが賑やかになり、集中して「考える」時間を持つことができません。

 

 

考えること

とはいえ、考えるのはとても大事なこと。

 

考えなければ成功できませんし、やりたいこともわかりませんし、自分にとっての幸福がなんなのかもわかりません。

つまり、なんだかボンヤリした人生になってしまいます。

 

これからAIがますます進化し、人間から仕事を「奪って」いくなかで、われわれに残るのは人間にしかできない仕事だといわれています。

人間にしかできない仕事とは、頭を使う仕事のこと。

 

だからこそ、考える能力は高めておかなければなりません。

そもそも現代が「考えさせない」社会であるがゆえに考える人間は稀で、それだけで差別化できるともいえます。

AI云々の前に成功するためには考える必要があるわけなので、どんな時代であれ考えていなければいけないのですが。 

 

散歩が好き

野矢氏は散歩が好きで、よくあちこちを歩くんだそうです。

哲学者や小説家などものごとを深く考える人は、散歩を習慣にしているケースが多いですね。

 

天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』という本のなかでも、散歩を日課にしている天才たちがたくさん紹介されていました。

 

私も趣味でブログやショートショートを書いているので歩いたほうがいいのかもしれませんが、日焼けをして皮膚がんになるのが怖いので、なかなか外に出る気になれません。

ジョークではなく、わりと本気で。 

 

文体にクセあり

本書の文体には若干のクセがあります。

 

親しみを持たせようとしているのか、エッセイ感を強めようとしているのかはわかりません。

 

動機はわかりませんが、やたら「あのね」や「それはね」などと読者に呼びかけてきます。

あとは「えい、教えちゃおう」というのもありました。

これにはさすがに「わぁ、それ本気なの?」と思いました。

 

悪くいえば「馴れ馴れしい」、よくいえば「親しみやすい」文体です。

あとは読者がどう感じるか、ですね。

 

まとめ

哲学はおそらく「効率」の対極にあるのだと思います。

 

だからこそ、やれ時短だ、便利だと躍起になっている私たちにとって、哲学者の考え方やものの見方が新鮮に映るのでしょう。

 

「時間の効率化」のような本を読むのもいいですが、ときにはこうした考えに触れることも必要です。

スピードを重視し、狭くなっている視野を広げるためにも。

だいいち、ずっと速く走りつづけていたら疲れてしまいませんか?

 

哲学な日々 考えさせない時代に抗して

哲学な日々 考えさせない時代に抗して

 

以上、 『哲学な日々』の感想でした。